近年、生成AIの発展により、会計や経理の実務も大きく変わりつつあります。
先日、ある小型ファンドを運用するトレーダーの方から、計算書類の確認依頼を受ける機会がありました。その方は管理部門の経験がなく、会計や決算実務を専門としているわけではありません。しかし、銀行残高明細や証券会社の取引残高報告書等をもとに、生成AIとの対話を繰り返しながら計算書類を作成されていました。
内容を確認すると、もちろん修正すべき箇所はありましたが、全体としては一定の合理性を有しており、従来であれば管理部門や会計事務所が担っていた業務の一部を、AIが補完しつつあることがうかがえました。特に、上場株式や債券等を中心とする比較的シンプルなファンドについては、従来であれば外部専門家に委託していた業務の一部を内製化できる可能性もあります。
従来、ファンドの組成や運営には様々な専門家が関与してきました。一方で、生成AIの普及により、これまで専門家が行っていた情報整理や資料作成業務の一部については、比較的容易に対応できる場面が増えていく可能性があります。
仮にこれらの業務の相当部分をAIが補完できるようになれば、ファンド運営に必要な人的コストは大きく変わる可能性があります。小規模なファンドや新規参入者にとっては、従来よりも低いコストで運営を開始できる場面も増えてくると考えられます。
なお、生成AIによる影響は、人件費の削減だけにとどまらない可能性があります。従来、ファンド管理においては、会計システムやNAV管理システム、各種レポーティングシステムの導入・維持に一定のコストを要していました。しかし、AIが原始データから必要な管理資料やレポーティングを生成できるようになれば、将来的にはシステムそのものを作り込む必要性が低下する可能性もあります。
一方で、ファンドの監査人の立場から見ると、別の論点も浮かび上がります。従来の会計実務では、次のような流れで財務情報が作成されており、監査人は各段階を確認しながら計算過程を検証することができました。
しかし、生成AIを活用した場合には、次のように過程が十分に可視化されないケースも考えられます。
結果として、計算書類自体は作成されているものの、その作成過程がブラックボックス化する可能性があります。これは会計実務の効率化という観点では大きなメリットですが、監査や内部統制の観点では新たな課題であるとも考えられます。監査人の立場から見ると、計算書類の正確性だけでなく、その作成過程を理解できることも重要です。AIの利用が進むことで、結果は正しいものの、その過程を十分に説明できないケースが増える可能性があります。
AIの活用が進むことで、ファンド監査のあり方も変化していく可能性があります。前述のとおり、AIは計算書類作成の効率化やコスト削減に寄与する一方で、監査人にとって新たな課題を生じさせる可能性もあります。特に、意図的な不正を行おうとする場合には注意が必要です。従来であれば、仕訳帳や総勘定元帳等の作成過程に不自然な痕跡が残ることもありました。しかし、AIを利用した場合には、もっともらしい説明資料や計算資料が容易に作成できるようになる可能性があります。その結果、不正が行われた場合には、従来以上に巧妙化し、発見が難しくなる場面も想定されます。監査人としては、AIが作成した資料を前提とするのではなく、原始証憑や外部証拠との整合性をこれまで以上に重視していく必要があるのかもしれません。
すべてのファンドが同じようにAI化されるとは考えていません。今回興味深く感じたのは、比較的シンプルな金融商品を対象とするファンドほど、AIとの親和性が高い可能性があるという点です。
例えば、上場株式や債券等を対象とするヘッジファンドでは、証券会社の取引残高報告書、取引履歴データ、銀行残高明細といったデジタルデータが比較的整備されています。そのため、生成AIを活用して計算書類や運用報告資料を作成することは、技術的にはそれほど難しくないと考えられます。実際、今回確認した事例も、このような性質を持つ案件でした。
一方で、不動産ファンドの場合は事情が異なります。不動産取得時の契約書類、信託関連書類、融資関連書類、出資関連書類、PMレポート、賃貸借契約、工事請負契約など、多数の関係者との個別契約が存在します。さらに、アセットマネージャー、プロパティマネージャー、レンダー、信託銀行、会計事務受託会社、監査人など、多くのプレイヤーが関与します。
そのため、計算書類作成業務の一部はAI化できたとしても、ファンド運営全体が短期間でAI化されるとは考えにくいでしょう。また、PEファンドやVCファンドについても、投資先評価等、定型化しにくい判断業務が多く存在します。
したがって、現時点では、次の順でAIとの親和性が高いのではないかと考えています。
もちろん、今後の技術進歩によって状況は変わる可能性があります。しかし、少なくとも現時点では、「AIが会計業務を代替するか」という議論よりも、「どのファンドから先にAI化が進むのか」という視点の方が、実務的には重要であるように思われます。
今回の事例を見ながら、AIは単なる業務効率化ツールではなく、ファンド運営や監査のあり方そのものを変える可能性を秘めているのではないかと感じました。
将来的には、監査人が仕訳や集計過程を検証する現在の監査手法から、原始データと最終成果物との整合性をより重視する監査手法へと変化していくのかもしれません。
本稿は、2026年時点において弊所が実際に経験した事例をもとに執筆しております。生成AIを取り巻く環境は急速に変化しており、今後数年で状況が大きく変わる可能性があります。